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青森地方裁判所 昭和28年(行)36号 判決

原告 中村豊彌

当事者参加人 中村豊八 外二名

被告 青森県知事

主文

原告の請求を棄却する。

参加人等三名の参加申出はこれを却下する。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた部分は原告の負担とし、参加申出により生じた部分は参加人等三名の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「青森県農業委員会が青森市大字西滝字富永百六十四番の四外五筆の宅地合計二反二畝二十七歩につき昭和二十六年十月二十五日付を以てなした訴願裁決はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  請求の趣旨記載の宅地二反二畝二十七歩を含む青森市大字西滝字富永百六十四番の一ないし九の宅地はもと青森県東津軽郡滝内村大字西滝字富永百六十四番宅地千四百六十五坪(一筆)の土地として原告及び参加人等の父訴外中村次五兵衛の所有であつたが、昭和十九年同人から参加人等三名に贈与せられ、爾来参加人等三名の共有に属するものであるところ、訴外滝内村農地委員会(訴状に滝内村農業委員会とあるは誤記と認める。)は原告を相手方として昭和二十五年二月十五日右宅地一筆の内約半分にあたる前記二反二畝二十七歩(以下本件土地と略称する。)につき字富永百六十四番の四ないし九の地番を附したる上旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に基き同法第三条第一項第一号に該当する農地として買収計画を樹立、同日その旨公告し、同月二十五日まで関係書類を縦覧に供した。そこで原告は同年同月二十一日同委員会に異議の申立をなしたが、翌三月十一日排斥せられたので更に同月二十一日青森県農地委員会(後に農業委員会法の施行により同県農業委員会となる)に訴願したところ、青森県農業委員会は昭和二十六年十月二十五日右訴願を棄却する旨の裁決をなし、その謄本は同年十一月九日原告に送達された。

(二)  しかしながら本件農地買収計画には次のような瑕疵がある。即ち

(1)  (所有者を誤認した。)

本件土地は前記のように参加人等が昭和十九年中に父次五兵衛から贈与を受けて所有権を取得し且つ当時その引渡を了していたものである。尤も登記簿上は昭和十九年に右次五兵衛から一旦原告に贈与し、次いで原告から参加人等に贈与したものの如く登載されているが、右は種々の都合上次五兵衛の依頼によりその登記名義を一時原告としていたまでで、しかも既に本件買収計画樹立前の昭和二十三年五月十九日右贈与による真実の権利関係に合致させるため、参加人等名義に所有権移転登記を経由した。従つて前記買収計画時における所有者は名実共に参加人等であるに拘らずこれを無視し原告を相手方としてなした本件買収計画には所有者を誤認した違法がある。

(2)  (買収地の位置範囲が特定しない。)

本件買収計画時の本件土地は字富永百六十四番一筆の土地で登記簿上未だ分筆手続を了していなかつたものである。従つて本件買収計画は一筆の土地の一部買収であるに拘らず図面等の添附がなく、その買収範囲が不明である。なお土地台帳上は字富永百六十四番の一ないし九に分筆されているが、右は単に机上において分割し地番を附したもので正規の手続によつたものでないから、これによつてはその具体的範囲を明かにすることができない。

(3)  (宅地を農地と誤認した。)

又本件土地は往時より弥十郎屋敷と称せられ、本件買収計画時においても宅地として登記せられていたもので、買収申請人である訴外棟方兼作、樋口信太郎、棟方寅次郎は夫々先代の頃から右屋敷内に家屋を建築居住し、その一部を自家菜園として利用し、又訴外木村国雄、佐藤勝男の両名も畑地の尠ない土地柄から偶偶その一部を自家菜園として使用していたもので、自創法にいわゆる農地でもなければ小作地でもない。本件買収計画はかかる家庭菜園地を畑地と誤認した違法がある。

(4)  (原告は不在地主ではない。)

原告は医師として昭和十年頃から同二十一年頃まで岩手県釜石市に、又昭和二十一年九月一日以降は弘前市所在の国立病院に奉職居住しているが、右勤務地の居宅は何れも寓居であつて原告の本来の住所は本件土地の所在地である肩書地である。即ち同地には祖先伝来の家屋があり、父母も定住し、原告はその長男でこれを扶養すべき者なるところから、従来夏冬の休暇を利して帰省し弘前に転じてからは毎月数回帰宅して家事万端を主宰して来たものである。従つて原告の肩書地は原告の終生を送るべき住居である。

(5)  (小作人の死亡により小作関係の消滅。)

なお仮に本件農地買収計画がその樹立当時及び訴願裁決当時においては適法であつたとしてもその後本件土地の賃借人の一人であると称する棟方寅次郎は昭和二十七年に死亡しその相続人等は東京その他に在つて農業に従事していないから同人との関係においては本件買収計画は当初に遡つて違法となる。

以上いずれの点よりしても本件農地買収計画は違法で取消しべき瑕疵を有すること明かなるに拘らず右買収計画を維持し原告の訴願を棄却した裁決は違法である。よつて本訴において右裁決の取消を求めると述べ、被告の主張に対し、右原告から参加人等に対する所有権移転登記をなすにあたり県知事の許可を受けなかつたことは争わないが、該地は当時も前述のとおり宅地であつて農地ではなかつたから県知事の許可を必要としなかつたものであると述べた。

(立証省略)

参加人等訴訟代理人は「青森県農業委員会が青森市大字西滝字富永百六十四番の四外五筆の宅地合計二反二畝二十七歩に対する買収計画につき原告のなした訴願について昭和二十六年十二月二十五日付を以てなした裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、参加人等三名は本件農地買収計画樹立当時から本件土地所在地たる旧滝内村に居住していたのであるから不在地主ではない。と述べたほか、原告主張の請求原因事実中(一)及び(二)のうち(1)ないし(4)の事実と同趣旨の事実を主張し、右事実により当事者として本訴に参加し被告に対して右県農業委員会のなした訴願裁決の取消を求めると述べ、被告の主張に対する答弁として原告と同旨の事実を陳述し、なお仮に本件土地が農地であるとしても前所有者次五兵衛からの参加人等に対する贈与は昭和十九年中でありしかも当時の農地所有権の移動を阻止していた臨時農地等管理令第七条の二はいわゆる取締法規と解すべきであるから、同令に違反する譲渡契約も当然無効とはいい難くなお参加人等は右譲受け後直ちに本件土地の引渡を受けているからその後の法令の改正により各種の問題を生ずる余地はない。と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告及び参加人等の請求はいずれも棄却するとの判決を求め、答弁として原告及び参加人等主張の(一)の事実中青森市大字西滝字富永百六十四番の一ないし九の宅地がもと青森県東津軽郡滝内村大字西滝字富永百六十四番宅地千四百六十五坪として原告等の父次五兵衛の所有であつたことは認めるが、昭和十九年中同人がこれを参加人等三名に贈与したとの点は否認する。右宅地の約半分にあたる本件土地に対する買収計画から訴願裁決までの経緯が原告等の主張とおりであることは争わない、同(二)のうち(1)は本件買収計画当時前記宅地千四百六十五坪の登記簿上の所有名義人が参加人等三名の共有となつていたことは認めるが、原告等の主張するような贈与の事実は否認する。登記簿の記載するところによると右宅地は昭和二十三年五月十八日原告から参加人等三名に贈与されたことになつているが、当時本件土地は現況立派な畑地であつて宅地ではないからその移転については農地調整法所定の県知事の許可を必要とするところ、原告並びに参加人等は右贈与につき県知事の許可を受けていないから、右贈与によつて本件土地所有権は参加人等に移転することなく、依然として原告に存する。(2)は本件土地が登記簿上字富永百六十四番宅地千四百六十五坪として登載されていたことは認めるが、土地台帳上は字富永百六十四番の一ないし九に分割せられていて本件土地はそのうち同番の四ないし九に該当し、本件買収計画は右土地台帳の記載によつてなされたものであるから買収範囲は特定している。(3)は本件土地の地目が宅地として登記されていることは争わないが、買収計画時の現況は前述のとおり立派な畑地であつて訴外棟方兼作、樋口信太郎、棟方寅次郎、木村国雄及び佐藤勝男の五名において夫々小作していた。右畑は原告主張のように家庭菜園ではない。(4)のうち本件買収計画当時原告の住所が旧滝内村にあつたとの点は否認する。原告は医師として岩手県釜石市及び弘前市等に居住し本件農地所在地に居住したことはない。(5)は棟方寅次郎が原告主張の日に死亡したことは認めるがその余の事実は争う、と述べた。(立証省略)

理由

一、先ず参加人等の本件参加申出の適否について判断するに、参加人等の本件参加理由の要旨は参加人等は本件土地の所有者であつてさきに右土地につき原告を相手方として樹立した旧滝内村農地委員会の買収計画に対し原告のなした訴願を棄却した青森県農業委員会の裁決の取消を求める原被告間の本件行政訴訟に当事者として参加し右訴願裁決の取消を求めるというにあるが、参加人等は原被告間の本件行政処分取消訴訟の結果により何等権利を害せられることなく又右原被告間の訴訟の目的は行政庁である青森県農業委員会のなした行政処分自体を対象とするものであつて、参加人等は右原被告間の訴訟の目的が自己の権利であることを主張するものでないことも明かであるから、参加人等の右参加申出はその要件を欠き不適法として却下を免れないものと断ずべきである。

二、次に原告の被告に対する本訴請求の当否について按ずるに、原告主張の本件宅地二反二畝二十七歩を含む青森市大字西滝字富永百六十四番の一ないし九の宅地がもと青森県東津軽郡滝内村大字西滝字富永百六十四番宅地千四百六十五坪として原告及び参加人等の父次五兵衛の所有であつたこと、滝内村農地委員会が右宅地の内字富永百六十四番の四ないし九の宅地合計二反二畝二十七歩(以下単に本件宅地という)につき昭和二十五年二月二十五日原告を相手方として自創法第三条第一項一号にいわゆる不在地主の小作地として買収計画を樹立決定し、その旨公告縦覧に供し、これに対し同月二十一日原告が異議を申立てて却下せられたので、同年三月二十一日青森県農地委員会に訴願したところ、青森県農業委員会が昭和二十六年十月二十五日右訴願を棄却する旨の裁決をなし、同裁決書の謄本が同年十一月九日原告に送達されたことは当事者間に争がない。

よつて以下順次原告主張の違法事由について検討する。

(1)  先ず原告は本件土地の真の所有者は参加人等であつて、参加人等は昭和十九年前所有者次五兵衛から贈与を受けてその所有権を取得しているから原告を相手方とした本件買収許画は所有者を誤認した違法がある旨主張するが、参加人等が右主張の如く、次五兵衛から贈与を受けてその所有権を取得した事実を認めるに足る証拠がなく、却つて当事間に争のない登記簿上本件土地を含む前記富永百六十四番宅地千四百六十五坪につき昭和十九年右次五兵衛から原告に贈与し次いで昭和二十三年五月十八日原告から参加人等に贈与したことを登記原因としてその頃順次その旨所有権移転登記がなされある事実に徴すると、他に反証のない本件においては右登記簿上の経過そのまま真実の権利関係と推認するのが相当である。そうだとすれば参加人等は昭和二十三年五月十八日原告から本件土地を含む右富永百六十四番宅地の贈与を受けたものと認めるのを相当とすべく、しかして本件弁論の全趣旨に成立に争のない乙第二号証の三(証人棟方行雄の証言調書)証人棟方兼作同樋口信太郎、同佐藤勝男の各証言並びに検証の結果を綜合すると本件土地は右贈与以前から棟方兼作、樋口信太郎、棟方寅次郎、木村国雄及び佐藤勝男等において夫々畑地として賃借小作していたことが認められ、しかも右原告からの贈与につき農地調整法所定の県知事の許可を受けなかつたことは当事者間に争のないところであるから、右贈与のうち畑地である本件土地のそれについては何等の効力を生ずるに由なく、従つて本件土地に対する所有権は依然原告に存し、原告を相手方とした本件買収計画には主張のような瑕疵は存しないものといわなければならない。この点の原告の右主張は理由がない。

(2)  次に原告の本件買収地の位置範囲が特定せず不明である旨の主張について按ずるに、本件土地が本件買収計画当時字富永百六十四番の一ないし三の宅地と合して登記簿上同字百六十四番宅地千四百六十五坪の一筆として登載せられ未だ分筆の手続を了していなかつたことは当事者間に争がなく、又右買収計画にその範囲を明示する図面等の添附がなかつたことは被告の明かに争わないところであるが、他面右一筆の土地が土地台帳上は右字富永百六十四番の一ないし九に分割されていたことは原告の自陳するところであつてこの事実と前掲記の乙第七号証の三及び前記各証人の証言に検証の結果を綜合すると本件土地は右土地台帳上の字富永百六十四番の四ないし九に該当し、しかも前段認定の棟方兼作外四名等において夫々賃借使用している地域範囲と一致するものであることが認められるから、本件買収地の位置範囲は客観的に確定し得るものというべく、従つてこれが特定を欠きその位置範囲が不明であるとする原告の右主張は採用できない。

(3)  次に原告は本件買収計画は宅地内の家庭菜園地を農地と誤認した違法がある旨主張するにつき按ずるに前掲記の乙第七号証の三及び前記各証人の証言に検証の結果を綜合すると本件土地は本件買収計画時においても依然畑地として前記棟方兼作外四名が夫々耕作を続けていることが明かであつて、その位置、面積、耕作範囲等からするも到底宅地内の一菜園地又は単なる家庭用菜園地とは認め難く、従つて原告のこの点に関する主張も採用の限りでない。

(4)  次に本件買収計画が原告の住所を誤認したものであるか否かの点について考察するに、前掲乙第七号証の三に前記各証人の証言成立に争ない乙第三、四号証の各記載及び弁論全趣旨を綜合すると、原告は本件買収計画当時医師として弘前市国立病院に勤務し家族と共に同病院の所在地である弘前市に居住し本件土地の所在地である旧西滝村には医師となつた昭和十年頃以降居住したことなく、又同地においては米穀の配給等は勿論、選挙権等をも行使した事実のないことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右の事実に依れば原告の本件買収計画時における生活の本拠は弘前市にあるものと解するのを相当とすべく、従つて原告を不在地主とした本件買収計画には何等の誤認がなく、この点に関する原告の主張も採用し難い。

(5)  更に、原告は本件土地の小作人の一人である棟方寅次郎は本件買収計画樹立後の昭和二十七年中に死亡し同人との小作関係は消滅しているので、本件買収計画は結局違法となる旨主張するにつきこの点を判断するに、棟方寅次郎が原告主張の頃死亡したことは当事者間に争ないところであるが、前記乙第七号証の三に検証の結果を綜合すると、右棟方寅次郎は幼少の頃から手許において養育して来た長男敬太郎の子棟方行男とその妻の協力を得て本件土地中字富永百六十四番の四及び同番の六の部分を自創法の施行によつて解放を受けた他の農地と共に耕作していたもので、いわゆる専業農家であり、右寅次郎死亡後は同人の同居の家族である前記行男においてその耕作を継続し右寅次郎の相続人等においても同地に対する小作関係を廃止していないことが認められる。のみならず成立に争のない乙第六号証の一、二によれば本件土地は昭和二十五年三月二日付で県に買収せられ既に本件買収計画に基く買収処分が完了していることが明かであるから主張のような爾後の事由によつては本件買収計画が違法となるものでないことは勿論である。この点に関する原告の主張も採用の限りでない。

果して然らば本件農地買収計画には原告主張のような違法がなく、従つて右買収計画を支持しこれに対する原告の訴願を棄却した青森県農業委員会の本件裁決は適法であつてこれが取消を求める原告の本訴請求はその理由がない。

三、よつて原告の被告に対する本訴請求は失当としてこれを棄却し、参加人等の本件参加申出は不適法としてこれを却下すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 高瀬秀雄)

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